前回のコラムでは、経済学部と経営学部の違いについてお話しました。では商学部と経営学部はなにが違うのか?名前が違うだけで中身はほぼ同じだろうと考えてしまいます。でも、そこには重要な思想の違いがあります。
ヨーロッパの商科大学と米国のビジネススクール
商学部と経営学部は、現在の日本の大学ではほぼ名前の違いくらいで、明確な定義による線引きが行われていないように思われます。しかし、実は日本の大学制度の歴史と学問分野の整理に関係しており、両者には明らかな思想の違いが存在します。
もともと商学部(Commerce)は、19世紀のヨーロッパで生まれた商科大学を源流としており、商業教育を目的とした取引活動や制度の実務を学ぶ学問にありました。要するに商人のための高等教育で、簿記、商法、貿易、為替、流通、といった「商売に必要な総合パッケージ」を学ぶ分野が典型です。つまり、最初から実務教育であって統一理論を持った学問ではありませんでした。
一方、経営学部(Business)は、商学部よりやや遅れて19世紀末から20世紀初頭の米国のビジネススクールにその源流を見ることができます。よく挙げられるのは、1881年に創設されたペンシルバニア大学ウォートンスクールですが、ここで初めてファイナンス、アカウンティング、マネジメント、ビジネス・ポリシーなどが教えられ、経営管理を目的とした企業内部の意思決定を研究する学問として発展します。ハーバード大学でケースメソッドが開発され、より実務的になりながら、かたやカーネギーメロン大学では新たに経済学、数学、統計、意思決定論などの科目がそろい、科学として大学でビジネスを研究する分野として確立されていきます。
三高商が担った日本の商業教育
これら欧米の動きに対して、やや遅れて商学が導入された日本はむしろ幸運だったかもしれません。代表的な役割を担ったのが三高商(後の三商大)と言われる、東京高等商業学校(現一橋大学)、神戸高等商業学校(現神戸大学)、大阪市立高等商業学校(現大阪公立大学)でした。驚くことに、ここでは早くから会計学、経営学、商業学、金融論などが導入され、すでに米国のビジネススクール並みに「商学の拡張」が行われていました。
ところが、これら三高商が大学になるには長い時間を要します。もともと帝国大学の設立理念は基礎理論や制度を教えることが中心で、実務は別という考えがありました。なにしろ当時の文部省は東大法学部出身の役人ばかりですから、彼らにしてみれば「なんで大学で商売を教えるの?」程度の認識しかなかったとしても不思議ではありません。さまざまな苦労があってようやく東京高等商業学校から大学令によって東京商科大学に昇格したのが1920年のことでした。当時ビジネスが大学の研究として行われていた欧米のビジネススクールに触発されたと言われていますが、このあたりの苦労話が『三商大』橘木俊詔(岩波書店)に描かれています。
なぜ日本の大学には商学部が残ったのか?
さて、そういう経緯で、欧米の大学では、かつて多く見られた Commerce(商学部)という名称は次第に姿を消し、現在では Business や Business Administration という名称が主流になっています。
しかし、日本の大学には今も商学部がかなりの存在感をもって残っています。しかも、伝統ある有名私立大学にはだいたい商学部があります。早稲田大学商学部は「School of Commerce」と表記していますし、明治大学商学部も同様に「School of Commerce」と表記しています。慶応大学商学部はちょっと違っていて「Faculty of Business and Commerce」ですが、やはり「Commerce」が英語表記に使用されています。
おもしろいことに、三商大と言われた大阪公立大学商学部は「Commerce」ではなく「School of Business」と表記し、一橋大学商学部は「Faculty of Commerce and Management」、神戸大学は戦後早くから日本語でも「経営学部(Faculty of Business Administration)」と称するようになっています。
私立大学で初めて経営学部を置いたのが明治大学と言われています。現在は「School of Business Administration」と表記する明治大学経営学部は、経営管理を研究対象とする専門学部として1953年に商学部から独立しました。一方、慶応大学商学部は1957年に経済学部から分離独立されたとしています。このあたりの対比もおもしろい。
しかし、なぜ日本には商学部が残ってしまったのか(そういう言い方はちょっと失礼ですけど)?そこには、日本では大学の社会科学系の学部組織が法学部、経済学部、商学部と固定化されたことから、商学部が企業研究の受け皿として機能してきたという背景があります。考えてみれば、これは決して悪くない話です。商学部の定義はあいまいではあるものの、企業活動を総合的に研究するための「巨大な学際領域」として横断的な分野が網羅されているという点です。そのあいまいさが、実は日本の商学教育の強みなのかもしれません。
