もともと大学には神学部、法学部、医学部の三学部しかなかった

もともと中世ヨーロッパの大学の起源では、大学の主要な学部と言えば神学部、法学部、医学部の三学部だったとされています。当時の教育はもっぱら高度な専門的職業人の養成を目的にしたものだったからです。神学部は聖職者(国家組織を支える教会官僚)、法学部は政治家や法律家(国の制度を作る人材)、医学部は医者(健康を守る人材)といった具合です。その後19世紀のベルリン大学設立を機に学術的探究を目的とする純粋科学が哲学部として確立し、伝統三学部と並びます。

そして、哲学部から自然科学分野と社会科学分野へと分化が進むわけですが、経済学部や経営学部も元をただせば真理を探究する哲学を始祖として分化した学問です(その点で法学部や医学部とは性格がかなり異なると言えます)。特に経済学は自然科学の手法を取り入れ、歴史的にも理論と実証を両輪とした科学的探究の様相を呈した形で発展してきました。

教室に置かれたおまんじゅうを学生はどう分けるのか?

さて、経済学部と経営学部の違いは、まず研究対象の違いにあります。経済学部が科学的に探究する対象は人と人が集まってできた社会の動き、経営学部が科学的に探究する対象は企業の動き、と対比することができるでしょう。

経済学といえばお金にまつわる勉強だと漠然と思われがちですが(もちろんそれも間違いではないものの)、人が集まって社会を作ると、その中で人はどういう行動をとるのだろうかという本来は人間行動を探求する科学です。50人の学生がいる教室に100個のおまんじゅうを置いたら彼らがどのような行動をするのか、彼らがどのようにしておまんじゅうを配分するのかを考えるようなものです。

経済学は教室に置かれたおまんじゅうのように人間社会の資源は常に限られたもので、その資源は全権を握る独裁者が配分を決めるのではなく、無数の家計や企業といったそれぞれの経済主体(要するに人)がなんらかの意図をもって行動し、配分すると考えます。それを分析する視点によって経済学は伝統的にマクロとミクロにわかれています。

たとえば、なぜ物価が上がるのか、なぜ景気が良くなったり悪くなったりするのか、なぜ給料が上がる産業とそうでない産業があるのか、といった問題を考えるマクロの視点と、家計や企業を単位とし、それらがどのような意思決定を行って、相互に作用し合うのかというミクロの視点です。つまり経済学は、社会全体の仕組みを理解するための学問です。

商品の値上げに対する経済学部と経営学部の視点の違い

一方、経営学は企業に焦点を当てます。企業はどのようにして利益を上げるのか、どのようにして商品やサービスを生み出すのか、どのようにして社員が力を発揮できる組織を作るのか、といった問題を考えます。つまり経営学は、事業の戦略、製品の開発や販売、人材の育成など、企業をうまく運営する方法を考える学問です。

同じ企業の動きにしても経済学部と経営学部とでは視点が違います。例えば、ある企業が商品を値上げしたとします。経済学は「市場の中で価格はどのように決まるのか」という観点から考えます。需要と供給の関係や、競争の状況などを分析します。一方、経営学は「その企業はなぜ値上げを決めたのか」「その判断は企業の戦略として正しいのか」という観点から考えます。つまり、経済学は市場の仕組みを、経営学は企業の意思決定を研究するわけです。

研究対象が幅広い経済学部と説明理論が幅広い経営学部

もう一つ違いを挙げると、研究のスタイルにも少し特徴があります。経済学では数学や統計を使って理論モデルを作ることが多く、社会の仕組みをできるだけ論理的に説明しようとします。一方、経営学では実際の企業の事例(ケース)を分析することも多く、現実の経営から学ぶことを重視します。

経済学部は社会の動きを追う学問ですから、研究対象そのものは非常に幅広く、社会のさまざまな現象へと広がっていきます。しかし、そこで用いる理論やアプローチ方法は経済学分野で培われてきたものが主体となります。一方、経営学部は企業の動きを追う学問ですが、同じ対象を説明するための理論は比較的自由で、経済学だけでなく、心理学や社会学などさまざまな分野の理論を用いることが特徴です。この背景には、経済学はまず理論や学問的問いが先にあって研究が発展してきたのに対して、経営学はまず現象が先に起きてこれを説明するための実務的要請から発展してきた歴史があるとも言われています。

経済学は社会全体の仕組みを理解する学問。経営学は企業の意思決定や組織の動きを理解する学問。どちらも社会を理解するための重要な学問ですが、社会を見る視点が少し違います。