これまでのコラムでは、コーポレートファイナンス理論を定義し、経済学、経営学、商学の違いについて語ってきました。今回はファイナンス理論が経営学分野に存在していることの居心地悪さとその功罪についてお話します。ここにはこの学問のちょっとしたおもしろい特徴が存在します。
経営学の中で例外的に理論が強いファイナンス
ファイナンス理論がビジネススクールのコア科目として位置付けられているように、ファイナンス理論は多くの場合、経営学分野として開講されています。私もこれまで大阪公立大学の商学部と大学院経営学研究科で長くファイナンスを教えてきましたし、現在は昭和女子大学グローバルビジネス学部で教えています(昭和女子大の優れたところは、なんとコーポレートファイナンスが必修科目である点!)。そもそも私の学位も「博士(経営学)」です。
ファイナンス理論の大きな特徴は、経営学の中では例外的に理論が強い分野であるという点です。一般に、経営学の多くの分野では理論モデルを作ることがそれほど簡単ではありません。たとえば戦略論や組織論は典型的です。企業の戦略が成功するかどうかは、企業の歴史、経営者の判断、社員の能力、さらには偶然の要素など、さまざまな要因に影響されます。同じ方法をとっても、ある企業では成功し、別の企業ではうまくいかないことがあります。つまり、人間の行動や外部要因という複雑すぎる変数が数多く関わるため、普遍的な法則を作ることがそれほど簡単ではありません。
経済学という贅沢な後ろ盾
ところが、ファイナンス理論は企業という存在の前に、そもそも金融市場の存在を強い前提としているところに決定的な違いがあります。金融市場では、株式や債券などの価格が日々取引され、その結果として「企業の価値」が数値として表れます。価格、収益率、リスクといったものはすべて数字で表現することができるため、数学や統計を使って理論モデルを作ることが比較的容易になります。
さらに重要なことは、ファイナンスで用いられる理論の多くが経済学の理論を基礎にしているという点です。経済学には「価格はどのように決まるのか」「市場はどのように資源を配分するのか」といった理論が既に存在していて、ファイナンス理論はこうした経済学の考え方を企業の問題に応用しています。
株式市場という贅沢な自然実験の場
もう一つおもしろい特徴を挙げるならば、ファイナンス理論では金融市場がその理論を検証する場になっていることです。株式市場では企業の価値が日々評価されており、研究者はその膨大なデータを使って理論が正しいかどうかを検証することができます。金融市場という巨大な自然実験の場を持っていることは、ファイナンス理論を他の経営学分野から際立たせている最大の理由であり、ファイナンス理論の贅沢な特徴です。
このようにコーポレートファイナンスは、企業を研究する学問でありながら、かなりの部分が経済学、とりわけミクロ経済学や金融経済学の理論を基礎にしています。だから経営学の中でもとくに理論的で、学問としての体系がはっきりした分野になっているわけです。
経済学の中でもノーベル賞が多いのはファイナンス分野
実際、世界の多くの大学では、ファイナンス研究者の多くが経済学の博士号を持っています。資産価格理論や市場の効率性など、ファイナンスの中心的な理論は、もともと経済学の研究として発展してきたものです。
そもそもこのようなファイナンスの研究は、経済学の中でも事実ノーベル賞が多い分野でもあります。この意味では、ファイナンス理論は完全に経済学の理論分野の一つと言ってもいいし、場合によっては経営学の一分野ではないという人もいるくらいです。
答えが出てしまうことの功罪
強力な理論的背景を持つコーポレートファイナンスが経営学に乗っかり、実践科目としてビジネススクールでの存在感を示すことはいいようでもある反面、注意がやや必要です。理論性が強いということは、平たく言えばモデルや公式に数値を当てはめることで一応の答えが導けてしまうという意味です。資本コストにしろ、株主価値にしろ、大騒ぎするほど高度な数学ではありません。なんならエクセルさえあれば答えが求められます。
しかし、科学理論というものは、一定の厳しい条件のもとで成立することを意味します。現実をつぶさに観察することなく、公式にあてはめた答えに依存してしまうと、それこそ現実を見失うことになります。
「資本コストを意識する」とか「資本コストを上回るROE」といったことが安易に現実の企業の経営目標に掲げられたりするのは、理論を便利に使いすぎている現象です。経済理論にうるさいファイナンスの専門家から見るとちょっと首をかしげたくなるかもしれません。
