欧米のビジネススクールで使われている教科書を見ると、資本コストは「capital cost」とか「cost of capital」とは言わずに「opportunity cost of capital」と表現されています。つまり「資本の機会費用」ということになっているのですが、これは一体どういう意味でしょう?

資本は儲かりそうなビジネスの匂いを嗅ぎつけます

事業を行うには、まずなによりお金が必要です。いわば商売の元手ということです。通常これを資本と呼びます。儲かりそうなビジネスの匂いを嗅ぎつけると資本はどこからともなくやってきます。そのビジネスに投資するとなにかイイこと、つまり投資したお金より多くのお金が戻ってくると思うから、資本は投資されます。

資本を使って事業を行うわけですが、資本を使うというのは、たとえば、土地を買って、工場を建てて、機械を入れて、モノを作って販売するといった具合です。こう考えると、資本が投資されてから実際に商品を売るまでには相当な時間を要します。資本はそれまでの時間を待ってくれる存在です。

ようやく製品が仕上がって、いざ売ろうとしたら、同じような、あるいはもっといい商品をライバル会社が先に売り出して、あっという間にシェアを奪う、なんてことが起きるかもしれません。事業は常にそういうリスクをはらんでいます。でも、そのリスクを負ってくれるのも資本です。資本はこのような時間とリスクというコストを引き受けて事業に投資を行う存在です。時間の拘束とリスクを負う以上、資本はそれに見合うリターンを要求します。これが資本にかかっているコストです。だから資本コストです。

資本コストの正体は機会費用

ここで重要なことが二つあります。ひとつは、資本コストは単なる費用ではなくて、資本が要求するリターンだという点です。もうひとつは、どれくらいの時間がかかってどれくらいのリスクがあるかは、当たり前ですけど事業によって異なるという点です。

商店街でたこ焼きを売る事業とバイオベンチャーとではかかる時間とリスクに違いがあるように、自動車とか鉄鋼とか小売りとか電力・ガスとか、事業によって資本コストは異なります。長い時間と大きなリスクがかかる事業には、資本はそれに見合うより高いリターンを要求します。

世の中にはさまざまな事業がある中で、いったん資本がある事業に投資されてしまうと他に投資する機会を失うことになります。だから資本は、同じリスクを持つ他の投資で得られるはずのリターンを基準に、その投資の良し悪しを判断します。もしそれを下回るリターンしか得られないのであれば、その投資は「他に投資していれば得られたはずの利益」を失っていることになります。この「得られたはずの利益」のことを機会費用と呼びます。これが資本コストの正体です。

企業の努力とは別に資本市場で決まります

さて、ここで株式会社が登場します。株式会社は、人を雇い、組織を作り、戦略を練り、管理を行うことによって効率的に事業を行っています。その目的は、同じリスクのもとでより高いリターンを資本に対して実現することにあります。もしそれができなければ、資本はその企業ではなく、他の投資先に向かいます。株式会社は、資本市場における他の投資機会と競争しているわけです。

どんどん競争が進んで効率的な経営が行われ、ときには業界内に技術革新も起きるかもしれません。そうなるとその事業の資本コストはおそらく低下していくことになります。コストが低下するわけですから企業の価値は上昇します。なんとなく直観にも合っています。こうして株式会社は資本の機会費用を巡って同業他社と競争し、その事業がもつ資本コストが株式市場で決定されるという仕組みになります。

だから資本コストは企業の内部で決めるものではありませんし、企業が勝手に予測したり、ましてや経営の目標にするようなものでもありません。それは、資本が持つ代替的な投資先との比較の中で、個別企業の努力とは別に、資本市場で決まるものなんです。

なぜ上場企業の経営者は大変なのか

となると、企業は常に資本市場から問い続けられていることになります。「そのリスクに見合うだけのリターンを本当に生み出しているのか?」「そのリターンを生み出すためにどのような工夫を行おうとしているのか?」「その工夫は他社では本当にできないことなのか?」と。

上場企業を経営するって本当に大変なことですよね。「資本コストを意識した経営」なんてことが言われてずいぶん経ちますけど(私はこの表現にものすごく大きな違和感を覚えているんですが)、もしも「資本コストを意識した経営」というものが存在するのであれば、このコラムで書いたように、まずは資本コストがなんであるかを正確に理解して、「上場企業を経営するってこんなに大変なことなんだね」と理解することが肝心だと思います。