企業価値「最大化」という表現の不思議

さて、前回のコラムに引き続き「企業価値最大化」です。一般的には「企業価値最大化を目指そう」「経営者は企業価値最大化に努力しているか」といった使い方が自然に行われています。しかし、「価値の最大化」という場合の「最大化」は本来は必ずしも「できる限りがんばって価値を大きくすること」という意味ではありません。経済学的に言えば「ある条件のもとで達成されている最適な状況」を指します。

前回のコラムで、コーポレートファイナンス理論においては、価値が価格に反映されるというお話をしましたが、これは完全な資本市場を前提とした場合に価値と価格が一致するという意味です。

完全な資本市場とは

完全な資本市場の条件は、Miller and Modiglianiが1961年に提唱したいわゆるMM理論[1]が根拠となりますが、これをフランクリン・アレンとロニ・ミカエリーがHand Book of the Economics of Financeという本の中で明示的に記しているので、参考にします[2]。以下の条件が満たされたときのことを完全市場と呼んでいます。

  • 税金は存在しない
  • 情報の非対称性は存在しない
  • 完備な契約が結べる
  • 取引コストは存在しない
  • 資本市場が完備である

税金がなく、すべての投資家が等しく情報を保有し、約束ごとがすべて守られ、取引の機会が制限されることなくすべての投資家は瞬時に株式の売買を行うことができる。簡単に言えば、投資家が利用できる情報のすべてが瞬時に株価に織り込まれるという条件がある場合に割引現在価値が100%株価に反映されます。このときの株価のことを「最大化された価値(=株価)」もしくは「最適化された価値(=株価)」と呼ぶのが普通です。この条件のもとで株価は株主価値を過不足なく反映しています。つまり、5つの条件を満たしているとき、株価は釣り合っていると考えます。

摩擦がないときに最大化している

参考までに、税金や情報の非対称性や不完備契約などの諸条件のことを、経済学分野ではちょっと奇妙な言葉を使って「摩擦(friction)」と呼びます。あつれきのない滑らかな取引や均衡価格の形成を阻害する制約という意味ですが、摩擦のない制約条件下で達成可能な最適値のことを「最大化」と呼ぶわけです。

「フェアバリュー」とか「本源的価値」という言い方がありますが、これらも理論上は最大化と同じ意味ととらえることができます。必ずしも「公明正大な価格」とか「本来持っている実力」という意味とは限りません。以上の考え方は、厚生経済学や一般均衡理論の最適化と同じ構造をしています。

もちろん完全資本市場の条件は現実には満たされませんから、言い方を変えれば、税金や情報の非対称性やエージェンシーコストが存在する限り株主価値は最大化されません。このような摩擦によって生じるコストが常に株主価値を棄損しています。逆に、このような摩擦によって生じるコストを何らかの方法で削減するか、あるいは企業固有の経営やそれに対する投資家の評価などさまざまな要因によって均衡が破られたときに、株主価値は拡大する可能性があります。

問題は価値と価格が現実世界ではなぜズレるのか?

現代コーポレートファイナンス理論は、完全資本市場を前提にまずは基礎的な理論やモデルが組み立てられ、そのうえで、完全資本市場では理論上一致しているはずの「価値」と「価格」が、現実世界ではなぜズレるのかを研究しているとも言えます。つまり、「企業価値最大化を目指す」という日常的な表現は、理論上の意味と実務上の意味が混在して使われている可能性があります。

実は、資本コストの考え方もポートフォリオ理論も完全資本市場を前提に成り立っているモデルです。また、摩擦によって生じるコストを削減する方法のひとつがたとえば株主還元にあると考えられていますし、あるいは均衡を破って株主価値を拡大する方法が企業の戦略にあると考えることもできます。これらは後々今後の問いの中で明らかにしていきましょう。どうかお楽しみに。


[1] Miller, M., and F. Modigliani (1961) “Dividend Policy, Growth, and the Valuation of Shares,” The Journal of Business, Vol. 34, No. 4, 1961, pp. 411–433.

[2] Allen, F. and R. Michaely, [2003], “Payout Policy,” Hand Book of the Economics of Finance, pp337-429.