価値と価格は一致する

前編では「価値」と「価格」という言葉の役割の違いについての話で終わりました。さて、肝心なところは、実は伝統的なコーポレートファイナンス理論では「価値」と「価格」が一致するという点です。少なくとも一致していることを前提に話が進んでいきます。これは当然のことで、なぜならコーポレートファイナンス理論は「なぜ市場でこのような価格が形成されているのか?」を説明する理論だからです。企業の価値が価格に100%反映されて、その価格が株式市場で株価として観察されるはずだと考えるわけです。

では、価値とは何か?コーポレートファイナンス理論において価値という場合、特段の断りがない限り、割引現在価値以外を意味しません。したがって、企業価値とは「企業が将来生み出すキャッシュフローの予測を資本コストで割り引いた現在価値(割引現在価値)」のことを言います。人によって理解の仕方がちがったり、それぞれの人が考える価値があってもいいわけではありません。企業価値にはこれ以外に意味はありません。

大事なことは三つです

ここで大事なことは、第一に、「将来の予測」に対して価値がついているということ。過去の実績は、将来を予測するのに有益な情報かもしれませんが、価値を決めるのはあくまで過去ではなく将来への予測です。

大事なことの第二は、割り引く対象は利益ではなくて「キャッシュフロー」であるということ。利益は会計ルールに基づく期間配分概念です。企業価値にとって重要なことは、将来どれくらいの現金が会社に入って来て、どれくらいの現金が会社から出ていくのか、という現実味にあります。

そして第三に、将来の予測に基づいて価値がつくとするならば、将来のことですから予測がはずれることもあるということです。その「不確実性」の振れ幅の大きさをコーポレートファイナンス理論ではリスクと呼び、資本コストという言葉で表現するわけです。

言ってみれば、企業価値の変数は将来の予想キャッシュフローと資本コストの二つです。分子に予想キャッシュフローを持ってきて、それを割り引く分母が資本コストとなる簡単な分数で表すのが企業価値式です。ですから、分子のキャッシュフローが大きく予想されれば企業価値は大きくなり、小さく予想されれば企業価値は小さくなります。

企業価値?株主価値?事業価値?

さて、ここまではそうは言いながら普通に企業価値という言葉を使ってきましたが、「企業が将来生み出すキャッシュフロー」はその企業が事業を行うことによって獲得するものと想定しています。ですから、こうして算出された価値は「事業価値」と呼んだ方が正確です。

そして、事業を行ってキャッシュを獲得する源泉になっているのは自社の資産です。たとえば土地や工場や機械といった資産は、株主からの出資と債権者からの融資によって賄われています。ですから、こうして計算された事業価値には「株主の価値」と「債権者の価値」に分けることができます。

それだけではありません。企業が持っている資産の中には本業に使われない資産もあります。すべての資産を本業に使えればいいのですが、現実には企業は遊休地を持っていたり、運転資本以上に余っている余剰資金を持っていたりするものです。本業に使われないとしても、これらはこれらで立派な企業の資産であり(立派かどうかは場合によるけど)、この非事業用資産も株主か債権者か、いずれかのものです。

そこで、正確な定義をするのであれば、事業用資産から生まれた「事業価値」と非事業用資産から生まれた価値を足したものが企業全体の価値、すなわち厳密にはこれが「企業価値」と呼ぶべきものです。そして、その企業価値から「債権者価値」を差し引いたものが「株主価値」となります。言い換えれば、企業価値は株主価値と債権者価値の合計のことです。

もうひとつ説明を加えるならば、株式市場で観測される株価に発行済み株式数をかけた金額(時価総額)は文字通り株主の価値ですから、企業価値から債権者価値を引いたものが時価総額になっているはずだということになります。この株主価値(時価総額)のことをメディアなどでは「企業価値」と称することがあります。たとえば、時価総額が拡大していることをもって「企業価値を高めた経営者」とか「企業価値を創造した企業」という表現を目にすることがあります。

さらに紛らわしいことに、実務で「エンタープライズバリュー(EV:Enterprise Value)」という言葉があり、これはしばしば上記で説明した「事業価値」とほぼ同義に使われています。正確にはEVは時価総額に有利子負債を足して、そこから現預金を引いて算出されます。EVは「事業から生み出されるキャッシュフローの価値」であり、「株主価値と債権者価値の合計」という意識をしています。言い換えると、ある企業を買収する際に必要となる現金を示唆しており、いかにも実務的な理解です。

独り歩きしてしまうスローガン

それにしても実際「企業価値」という言葉は、実務の現場でもかなり混同して使われているということが言えます。ここで整理しておきますと、次のようになります。

  • 事業価値:事業が生み出すキャッシュフローの割引現在価値
  • エンタープライズバリュー(EV):事業価値とほぼ同義
  • 企業価値:事業価値に非事業用資産を加えたもの
  • 株主価値:事業価値から債権者価値を引いたもの=時価総額

なぜ日本では企業価値という言葉が曖昧に定着したのか?この問いの問題意識は、企業価値と言った場合に、EVのことを言っているのか、時価総額のことを言っているのか、はたまた会社が保有する資産の価値全体を言っているのか、それらをあいまいにしたまま「企業価値最大化」というスローガンのみが独り歩きしている、ということは少なくとも言えるのではないでしょうか。

また、「企業価値」を「株主価値」と言ってしまうと、「企業は株主のためだけのものではない。ステークホルダー全体の利益を考えるべきだ」という批判が起きますが、「株主価値」と言っているのは、株式会社の構造上の説明をしているのであって、必ずしも他のステークホルダーの利益を犠牲にしているという意味でもありません。

正しく定義して言葉は使わなければならないというのがこのコラムの趣旨ではありません。日本語に含まれる情緒的なニュアンスをいったんすべて取り除いたうえで、もともとの理屈がなにかを考える必要があると思います。

「企業価値最大化」という言葉に翻弄されるうちに、会社は何か一律に評価される無機質な対象となり、その評価を私たちはずいぶん無防備に受け入れるようになってはいないでしょうか。さらには、その評価こそが「経営の評価」そのものであるかのように、経営者の進退まで左右する現実があります。それは本当に正しいことなのか。私たちは、いつのまに、何を根拠に、そのような考え方を当然のものとして受け入れるようになったのか。ISCFでは、そうした問いをこれからゆっくり考えていきます。